テツダン無線を使おう
この記事は「Stormworks 第2 Advent Calendar 2023」の20日目の記事です。
今回は鉄道向けの無線システム「テツダン無線」の紹介です。
このテツダン無線は、StormWorksの鉄道系の人たちが集まるDiscordサーバー「鉄談鯖」で使用されている無線規格となります。(一応私がホストをしています。)
鉄談鯖に興味のある方はDiscordの招待リンクを貼っておきます。
discord.gg
長い前説はこの辺りまでにして、ここから本編です。
ということで目次
列車無線・防護無線って何?
皆さんは電車に乗っている時に、運転室から無線で誰かが喋っているような声を聞いたことがありませんか?
もしくは、運転室からピッピッピッピッピッピッピッピッという音を聞いたことありませんか?
ありますよね()
前者は列車無線、後者は防護無線と呼ばれるものです。
列車無線は列車の運転を整理する輸送指令と現場の運転士や車掌との通信手段の役割です。
防護無線は、運転中に何か危険なこと(例えば線路内に倒木があったり、脱線事故が起きたり、その区間に侵入すると事故の危険性があるような状態)を発見したような場合に、周辺の列車に知らせるための装置です。
こんなシステムをストワで使えるような装置を作りました。
それがこちらのテツダン無線です。
テツダン無線とは?
テツダン無線は上記のことをストワで行えるようにすることで、信号システムを利用した運転マルチをより円滑に、より楽しく、よりリアルにを目指して開発されたシステムです。
テツダン無線では、列車無線と防護無線の機能を備えています。
列車無線では、ボタンを押すと呼び出し音が鳴ります。
通話自体はDiscordのボイスチャットで行うことを想定しています。
防護無線はボタンを押すことで周囲の列車に防護無線が飛び、ブザーが鳴る仕様です。
なお、テツダン無線は、用途により3種類のバージョンを用意しています。
簡易版、車載版、輸送指令(CTC)版です。
簡易版は上記の列車無線、防護無線の機能のみを搭載しています。
車載版は、無線発報時に、輸送指令に対して、列車番号と走行位置を送信するシステムを搭載しています。
こちらは現実でも送信される内容で、これによって輸送指令は無線発砲の列車をすぐに特定できるようになります。
輸送指令(CTC)版は名前の通り輸送指令が無線を受信発信するためのもので、列車番号と走行位置を受信できるようになっています。
無線周波数は6710番を使用しています。
この周波数と被るシステムは併用しての使用はできません。
既存マップにある線路や、それにつながるMOD路線等はこの周波数で使ってください。
ただし、完全に車両と線路が既存路線からは独立した路線を走行する列車(新交通システムやスライドコネクタ式鉄道など)で、導入を検討している場合、私に教えてもらえると、独自周波数許可できると思います。(混線等避けるため、周波数変更の希望は必ずyasuに連絡ください)
実録! 列車統括制御「YR-CCS」の軌跡と「YR A-TAS」の未来
YR-CCSとYR AーTASはyasuが開発したStormWorks内の列車統括制御の規格です。
YR-CCSはCooperative Control Systemの略称で、RーBUSの派生システム部分を利用して制作しました。特に旅客サービスの提供に必要なデータ通信をすることを目的に開発されました。
YR A-TASはAdvance TrAin control Systemの略称で、RーBUSから離れ、CCSよりもより高度で大容量な通信をする目的で設計されました。
ちなみに先ほどから出てきている、YRとは、Yasu Railwayの略称で、StormWorks内で勝手に立ち上げた架空企業です。実際の団体、人物とは一切関係がありません。
今回はYR-CCSの今までの歴史と、YR A-TASの今後の展望について書きたいと思います。
YRーCCSの軌跡
RーBUSとの出会い
2021年の夏にStormWorksを始めたyasuですが、初めに制作したのが機関車とコンテナ貨車でした。
初めて一週間ほどで、重連運転や貨車へのブレーキの貫通をどうするかという問題にぶち当たり、RーBUSの開発をすることにしました。
ただし、当時は全くと言っていいほどstormworksのマイコンへの理解がなく多くの方の助けを得て、制作することができました。
YR-CCSの開発
RーBUSを無事に作り切ることができましたが、新たな問題に直面します。
RーBUSでは旅客車両の乗降ドアなどの旅客サービスの情報のやり取りができなかったのです。
そこで、私は、RーBUSの派生システム部分を利用し、旅客サービスの情報共有が可能なシステムを作ることを決意しました。
その結果完成したのがYR-CCSです。
YR-CCSでは、問題となった乗降ドア、方向幕定速運転機構や、ドアの細かな設定(半自動や部分締切)なども実装しました。
YR-CCSの限界
必要となったシステムを増設することで、延命を図っていたYR-CCSですが、チャンネルが不足してきたこと、既存部分にもテコ入れの必要に迫られたことから、過去バージョンとの互換性を確保したままのアップデートが困難になりました。
このような理由でYRーCCSの開発を中止せざる終えなくなりました。
YR AーTASの未来
YR AーTASとRーBUS
当初、YRーCCSの後継として開発が開始されたYR AーTASは、もちろんYRーCCSと同様にRーBUSの派生システムとして設計がされていました。
しかし、RーBUS規格に改訂が行われ、制御ルールを厳しく守るよう求められるようになったため、RーBUS規格に従うことが難しくなりました。
特に実際の制御を再現する方向に進んでいた私は、RーBUSの規格が自分の方針とは反する方向に進んだことから、RーBUSから離れることとしました。
しかしRーBUSはもちろんStormWorksで鉄道を作っている方には最もメジャーなシステムです。
そこで規格には従わないものの、マルチの際などで併結する必要が生じることも想定し、併結運転は可能な設計とすることにしました。
制御権宣言と通信チャンネル、派生システム宣言はRーBUS規格と同様に行うことで、制御ルールは守っていないものの、以上なく併結できるようになっています。
大きく増えた通信内容
YR AーTASではYRーCCSから通信内容が大きく増えています。
特に実際の車両と同じような制御をするために、パンタグラフの上げ下げ、回生ブレーキのONOFF、社内の電光掲示板などに表示する情報の共有、車内チャイムや発車ベルの協調など、大幅に通信内容を増やしました。
YR A-TASの試験
現在はマイコンを公開していません。私個人で試験を行なっています。
今年度末のリリースを目標に機能追加、マルチ耐久試験等を行なっています。
今後は鉄談鯖でのβ版テストなどを行い情報収集を行う予定です。
JSMS YRの展示を体験しよう!
HKさん、しょうゆさん、yasuの合同ブースの中にあるYRの展示。
ここでは新交通の車両を展示しています。
特にその中でも目玉は、運転台に入り、スイッチや機器をすべて触れるとこです。
この記事では体験方法や、スイッチ類の解説をしていきます。
特に退出の際の手順には従うようお願いします。
目次
合同ブースについてはこちらをどうぞ
URL
展示内容
YR展示の内容をご紹介します。
展示している車両はYR新交通規格の車両です。試験車両のため形式はありませんが、正式名称としては、「YR新交通システム試験用電車2型」です。

こちらの車両はソーヤー島の南港にある、海ノ音試験線で運用されている車両です。
また運転席では、列車統括制御システムのYR A-TASの体験が可能です。
特に運転室のスイッチや方向幕、乗降ドア、マスコンハンドルなど様々な機器を操作することができます。
YR AーTASについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください
inazuma-oonami.hatenablog.com
YR A-TASを体験しよう
YR A-TASは列車統括制御という、車両間での情報通信を行うシステムです。
主に加減速の指令や、ドア、車両電源や、室内灯、方向幕など多岐にわたる情報を通信しています。
今回は静態展示ということですべては見せられませんが、体験方法やスイッチの名称や機能について解説します。
体験上の注意
・譲り合ってご体験ください。
・階段が設置されていない反対側の運転台は入らないでください。
・ボタンを押しても動かない、壊れたかもしれない場合は一度退出の手順を踏み、もう一度体験方法の手順を行ってください。
・それでも動かない場合はディスコードで私(yasu1342)の方へメンション等でご連絡ください。
体験方法

階段を上って入ります。

手前の開いている扉から入ります。(頭上注意)

入ったらこんな運転台なので・・・

まずは奥にある「breaker on」のスイッチ押します。
これで車両電源が入ります。(2両目にも情報が共有され電源が入っています)

続いて上にある2つのフリップスイッチの「cabin light」「crew room light」をオンにします。
これで客室の電気と運転席の電気が付きます。(客室の電気は2両目にも情報が行き点灯します)

次に運転席の後ろに隠れているスイッチを探して「FW」の方を2回押してください。
赤ランプから緑ランプに変われば成功です。
このスイッチは運転台選択スイッチといい、スイッチが前に設定されている運転台のみから加減速信号を受け付けないようにするためのものです。

続いてシートに座り、左手のマスコンハンドルの奥のキーボタンを回します。
これで運転台が起動したので後はご自由にスイッチをお触りください。
以下は各種機器類の説明です。

まず正面の運転台計器ですが、左手から
電流計、速度計、空気圧計となっています。
空気圧は展示展示用で外してしまっているので計器が動きません・・・ごめんなさい
マスコンハンドルはシートを座った状態でWSキーで動きます。
また、2番キーまたはADキーでニュートラル、3キーで非常ブレーキをかけることができます。
1番キーでブザーが鳴ります

こちらは前後選択スイッチ。
電車が前に進むか後ろに進むかを決定します。

左右にある四角と矢印のボタンがドアスイッチです。
左右のドアを開くことができます。(こちらも2両目に情報が行き、2両目のドアも開きます)

シート左上のフリップスイッチは先ほどのライト二つと、前照灯をハイビームにするスイッチと入換灯を付けるスイッチです。
正面の尾灯や、前照灯の点灯が切り替わります。

最後に運転台右のキーパッドは方向幕です。
方向幕は車体正面に表示されます。
上2桁に種別、下2桁に行き先を入れます。
以下の対照表を参考に設定してください。
種別(上2桁)
| 00 | (無表示) |
| 01 | 回送 |
| 02 | 試運転 |
| 03 | 臨時 |
| 04 | (無表示) |
| 05 | 普通 |
| 06 | 準急 |
| 07 | 急行 |
| 08 | 快速 |
| 09 | 快速急行 |
| 10 | 特急 |
| 11 | ??? |
| 12 | ??? |
行き先(下2桁)
| 行き先 | |
| 00 | (無表示) |
| 01 | 須波池(すはいけ) |
| 02 | 瓦川(こうがわ) |
| 03 | 工場前(こうじょうまえ) |
| 04 | 鴨戸(かもど) |
| 05~09 | |
| 10 | 鉤島(かぎしま) |
| 11 | |
| 12 | 奏岸(かなぎし) |
| 13 | 円遠(えんどう) |
| 14 | 鳥手(とりで) |
| 15~24 | |
| 25 | 掘戸町(ほるとちょう) |
| 26 | 北港(ほっこう) |
| 27 | 尾根留(おねるくうこう) |
| 28 | 潮凪浜(しおなぎはま) |
| 29 | 入守山(いりもりやま) |
| 30 | 南江町(なみえちょう) |
| 31 | 赤土(あかど) |
| 32 | 金剛平(こんごうだいら) |
退出の際
退出の際は必ず以下の手順を踏んでください。

まず運転台のキースイッチを落とします。

シート後ろの運転台選択スイッチのBWを赤いランプがつくまで連打してください。

シート左上のフリップスイッチをすべて下げます。

最後に運転台にある「breaker off」を押したら完了です。
体験ありがとうございました。
アドオンで線路を建設しよう
この記事は「Stormworks 第1 Advent Calendar 2023」の8日目の記事です。ご精査ください。
今回はStormWorksのアドオンで線路を引くと言うテーマです。
特に新交通システムと呼ばれるものをテーマにします。
目次
新交通システムとは
新交通システムには狭義の意味と広義の意味があります。ややこしいね
広義的な意味としては、今までとは異なる新しい交通機関という意味です。
鉄道の中では、モノレールやロープウェイ、狭義の新交通システム(AGT)、なんならリニアモーターカーまで当てはまります。
ストームワーカーだと湘南モノレールが一番有名だと思うので湘南モノレールの写真を貼っておきます。

ちなみに鉄道以外ではエスカレーターや動く歩道のようなものも新交通システムに該当するみたいです。
ちょっと話がそれましたが、これらが広義の新交通システムです。
では、狭義の新交通システムってどんなのでしょう?
狭義の新交通システムとは鉄道の一種で自動案内軌条式旅客輸送システムまたはAGT(Automated Guideway Transit)と呼ばれるシステムのことです。一般的には狭義の意味を指して新交通と呼ばれることが多いです。
代表例として、
神戸新交通のポートライナー、六甲ライナー、大阪メトロのニュートラム、広島のアストラムライン、
関東では、ゆりかもめ、日暮里・舎人ライナー、金沢シーサイドラインなど
が該当します。大宮の鉄道博物館に行くときに乗るニューシャトルも新交通(AGT)ですね。


このAGTは、レールの上を走る鉄道(普通鉄道)ほど輸送力はいらないけど、バスや路面電車だと輸送力や渋滞が問題になるような場所に建設されています。
最大の特徴はゴムタイヤ式であることです。これにより、バスのような高加減速が可能で、バス停のような短い駅間でも対応できます。
また、車両が小型軽量のため、普通鉄道や地下鉄などより建設費が安く、急カーブも曲がれるので、道路に沿って建設ができ、土地代の節約にもつながります。
高架線で建設するので、都市部でも立体交差が容易と言うメリットもあります。
デメリットは全線立体交差で建設しなければならないので路面電車などより建設コストが高いこと。
ゴムタイヤは鉄輪より摩擦が大きいので、交換頻度が高く、動力費も多くかかること。
車体サイズが小さいため輸送力が大きくないこと。
車両が特殊であるため、部品が特注品になり、整備コストがかかる点などが挙げられます。
YR新交通規格
この記事では、この先謎のYR新交通規格なるものが登場します。
私が自分のために作ったどうでもいい規格なのでスルーするか参考程度にどうぞ。
従う必要はないです。というか、縛りがきついので従わない方がいいと思います。
興味ある方向けに一応規格書リンク張っておきます。
nutritious-bull-b95.notion.site
ストワで新交通システムを建設する
では、ストワで新交通システムの線路を引きましょう。
まず線路を用意します。

今回は私の方で規格を立てたYR新交通規格のものを用意しました。
側壁をそのままガイドとして利用する形をとっています。
いろんなスタイルのガイドが作れると思うので、これである必要はありません。
なんならモノレールとかでも行けます。
短めの長さのレールと長めのレールを用意しておくと便利です。
複線を引きたいなら複線の線路や、分岐器、駅、終端部のレールも用意しておくと作業がはかどります。
ちなみに分岐器はこんな感じで作りました。


根元のピボットで中央のガイド部分を転換しています。
それではストワで線路を引いていきましょう。
まずアドオンの画面を開きます。

そしたら上のENVIRONMENT MODSの部分のプラスマークから

線路を引きたいタイルを探します。

そしたら選択したタイルの右矢印みたいなボタンを押して、ここでオブジェクトを設置します。
(その横にある旗マークを押すと実際のワールドでどんな感じにスポーンするかチェックできるよ)
中央寄りの左下のハンドルマーク、ADD VHICLEのところを押して、作成した線路を設置しましょう。

そしたら、MoveとRotateのボタンを押して、位置調整をします。この時左のIs StaticのとこをTrueにしてください、これで設置した線路をスポーンさせたときにその位置に固定することができます。
そしたら線路をいっぱいおいて位置調整します。
結構な急カーブや上り坂にも対応できるのでちょっとの無茶は可能です。

はい、こんな感じにできました。
さあここで2つのタイルをまたぐ必要が出てきました。
こんな時はまず、このアドオンを適当な名前で保存します。そしていったんホームに戻ります。

そしたら新しいマップを作り直します
NEW GAMEの画面でEnabled Adoonsってとこがあるのでクリックして、Savedってとこを押します。
そのなかからさっき作ったアドオンを探してチェック入れてください。
できたらマップを作ります。
そしたらさっき作った建造物が実際にマップ内に存在するはずです。

では、またアドオン画面を開き、2タイル目を選択してください。
そしたらさっきの1タイル目の線路の端がありそうなとこに線路を設置します。これはマジで勘です。

ここからは地道な調節です。
旗マークのTest Locationを押し、さっきの線路をスポーンさせます。

そしたらこんな感じで線路が出てきます。もっと見当違いな場所にでてくることもありますが今回はうまいこと行きました。

あとはアドオンに戻って位置調整してテストロケーションを繰り返して合わせていきます。

成功すれば出したときドンピシャで合わさります。
気持ち良すぎだろ
そしたらこの線路を基準に2タイル目にも線路を引きます。3タイル目4タイル目それ以上のタイルに線路を引きたい場合はさっきの作業をタイルのつなぎ目でやってください・・・頑張って・・・

2タイル目も完成しました。
なんだかんだ数時間かかりましたが・・・
では最後にこのアドオンを保存して、新しいマップで出してみましょう。
さっきのタイル調節の時と同じ要領でアドオンを選択し新しいマップを作ります。

ここで線路が落下してたりつなぎ目に空間が空いてたりしなければ成功です。
できてたら次のステップへ行きましょう。
(すでにしんどい?書いてる私もしんどいです・・・)
ストワで新交通システムを走らそう
遂に車両です。やっと走れます。
今回はこんな車両を用意しました。

かわいいね!
え?車両の作り方?
線路システムによって大きく変わりますが、YR新交通規格だとこんな感じ


走行用タイヤに加えてピボットにつけたガイドタイヤを4つ設置してます。
ピボットは、単に、赤マージだと壁にぶつかった時に破損するので、その対策です。
車体マージと別であれば、前後左右のタイヤは同じマージでも構いませんし、ピボット以外で固定しても大丈夫です。
車体は7.5mですが、もうちょっと長くても行けると思います。
細かい辺りは実際に走らしてみたほうがいいと思います。
以上がアドオンで線路を引いて電車を走らせる方法でした。
この記事がアドオンでの路線建設の助けになれば幸いです。
では皆様よいストワライフを
JSMSブース紹介
2023年12月17日のジャパンストームワークスモビリティーショー(JSMS)にて、私yasuとしょうゆさんとHKさんの合同ブースを出展します。
jSMSに興味のある方は下記のリンクからディスコードに参加できます。
discord.gg
このブースでは、見る、触れる、体験するをテーマに楽しく鉄道の技術を知ることができるブースとなっています。
展示品紹介

展示会場の全景です。
こちらの紹介は動画もありますので興味のある方はぜひご覧ください(個人的に自信作の動画です)
www.nicovideo.jp
E2000系電車

しょうゆさんのE2000電車を中央ブースで展示しています。
こちらは車両の下や床下、など普段は見れない場所を見ることができます。
YR新交通・AーTAS

こちらは中央下にある私が展示するものとなります。
新交通システムの車両を展示しています。
特に運転台のスイッチ類に触れることができ、列車統括制御(車両間でのデータやり取りのシステム)を体験することができます。
こちらの列車協調制御はYRで開発したYR AーTASというシステムです。
こちらの展示については体験方法などを以下のリンクに詳しくまとめています。
inazuma-oonami.hatenablog.com
駆逐艦発達史 ぱーと2 ワシントン海軍軍縮条約と駆逐艦
前回に引き続き駆逐艦の歴史です。
今回は第一次世界大戦の直後から
って言うわけで目次
ワシントン海軍軍縮条約
1921年、ワシントン海軍軍縮条約が採択されます。
これにより主力艦である戦艦の保有数が英:米:日の比で大体5:5:3になりました。
戦艦を増やせなくなった各国は、「補助艦艇作るしかねぇ」っていうことになり、各国で重巡洋艦や軽巡洋艦、駆逐艦に力を入れ始めました。
日本では古鷹型重巡洋艦、妙高型重巡洋艦、川内型軽巡洋艦、睦月型駆逐艦の建造に乗り出します。

今回は、駆逐艦の話なので睦月型に注目していきます。
睦月型は峯風型系列の3型(峯風型、神風型、睦月型)のラストで、前2型とは一線を画す存在です。
前回の復習ですが、第一次世界大戦のユトランド海戦で、ドイツ駆逐艦が雷撃をする前にイギリス駆逐艦の砲火力で撃退されました。
このことから、日本では八八艦隊計画で砲火力重視の艦を作ることになります。
ここから作られたのが古鷹型重巡洋艦、峯風型駆逐艦です。(古鷹はワシントン海軍軍縮条約の採択も原因)

この砲火力重視の思想により、峯風型と改良型の神風型は当時10cm級の主砲の駆逐艦が多い中、12cm単装砲4門となりました。
睦月型も主砲は同様の仕様ですが、ワシントン海軍軍縮条約により、主力艦保有数で不利な日本は、補助艦艇が主力艦に対して確実に雷撃をし、確実に撃沈させる必要が生まれました。
そこで睦月型は、魚雷発射管を、連装53.3cm3基から、3連装61cm2基に変更しました。
なぜ、連装から3連装に変更し基数を減らしたかですが、61cmになったことで、魚雷発射管のサイズが大きくなったのが原因です。
なおスペースが足りなくて3連装2基にしたのか、省スペース化のために3連装2基にしたのか、因果関係は不明です。
この61cm魚雷、航続距離も炸薬量も増えたので、より遠距離からより強力な破壊力を出せるようになりました。
また、神風型からの改良点として、ダブルカーブド・バウを採用し凌波性を向上させました。
神風型まではカッターバウでした。


他にも、燃料搭載量を増やしたのですが、それで重心が上がり、復元力が犠牲になっています。
これはこの先の駆逐艦でもおざなりになり、このことが後々大きな事件を起こすのですが…
特型駆逐艦の誕生
睦月型で世界水準を大きく上回る駆逐艦を生み出した帝国海軍でしたが、1924年、さらに高性能な駆逐艦の要望を出しました。
これにより開発されたのが吹雪型です。特型駆逐艦とも呼ばれています。
1928年から順次竣工し、合計24隻が作られました。
ワシントン海軍軍縮条約から6年、睦月竣工からわずか2年でした。

大きな改良点は、
1.主砲を単装4基から連装3基に
2.雷装を3連装3基に強化
3.艦橋を密閉式に
4.艦首形状の改善
5.凌波性が格段に向上し、外洋航行能力を獲得
といった点です。
特に5番に関しては大きく、外洋にまで主力艦に随伴できる能力を得ています。
これにより水雷戦隊の戦力として使用することができ、今まで巡洋艦以上の大型艦しかいなかった海戦に、駆逐艦を大量に投入することが可能になりました。
今回はこの辺りで終わっておきます。次回の記事で特型駆逐艦を特集したいと思ってるので。 というわけで、次回は特型駆逐艦スペシャル編(?)です。
駆逐艦発達史 ぱーと3 駆逐艦の進化と2つの事件
あけましておめでとうございます
今回は吹雪型特集的なものです。(普通に次級の初春型とか白露型とかも出てきますが…)
特型駆逐艦はイイぞ!
というわけで目次
特型駆逐艦
前回の復習ですが、ユトランド海戦で、駆逐艦の砲火力が重要であることが判明し、各国が砲火力を重視した駆逐艦をつくりました。
その中で、日本では峯風型と神風型が生まれました。
またワシントン海軍軍縮条約で、主力艦の保有数が制限されたため、世界各国は補助艦艇に力を入れ始めます。そこで登場したのが、神風型から凌波性、魚雷火力を向上させた睦月型でした。ここまでが復讐です。
そして、睦月型から数年で、日本海軍はまた、世界水準を上回る睦月型のさらに上をいく、革命的な駆逐艦を生み出します。

主な改良点は
1.主砲を単装4基から連装3基にし、主砲を砲塔化
2.雷装を3連装3基に強化
3.艦橋を密閉式に
4.艦首形状の改善
5.凌波性が格段に向上し、外洋航行能力を獲得
の5つでした。
まず、1番については、睦月型でも当時としては高火力であったにも関わらず、そこからわずか数年で2門も増やしました。
主砲口径も12cmから12.7cmにやや強化されています。
また砲塔化し、密閉式になったことで戦闘中に波の飛沫や、破片などを気にすることなく戦うことができます。
他にも、睦月型では、砲を回した時に、装填などのための道具などは床に置いていたので、いちいち人力で動かす必要なんかもありましたが、吹雪型では砲塔式なので床も一緒に回るのでそういう問題もありません。
2番は、睦月型では3連装2基であった魚雷3基にしました。次発装填装置は当時ありませんでしたが、予備の魚雷も積んでいました。(次発はクレーンを使って装填することが可能でした。)
駆逐艦での同時発射数としては島風型の15本に次ぐ9本と日本海軍2番手です。
そして3番は、今まで荒天時には波を被っていた艦橋が密閉式になることで指揮系統などの改善が図られています。
4番5番は、艦首形状をより洗練したダブルカーブド・バウにすることで凌波性が格段に向上し、外洋航行が可能になりました。
特に外洋は波が高いことが多々あるので、密閉式艦橋がこういうところで生きてきます。
また、外洋航行が可能になったということで、艦隊決戦において駆逐艦が艦隊に加わることになり、立派な水雷戦力となりました。
ちなみにマイナーチェンジを行なっているので、特I型(吹雪型)と特Ⅱ型(綾波型)と特Ⅲ型(暁型)に分類されることがあります。
この記事では吹雪型(特型)駆逐艦と、吹雪型(特Ⅰ型)の混同を避けるため、特型駆逐艦、特Ⅰ型と基本呼称しています。
こんなことしたら重たくなるんじゃ?と思いますよね。
こちらに対しては電気溶接を多用し、軽量化を図りました。(当時はリベットによる接合が主流でした)
電気溶接で船体が軽くなって、上部構造物の兵装が増えたということは、重心が上がる(トップヘビーになる)わけで、もちろん復元生も下がります…
この電気溶接やトップヘビーが後々大きな事件につながります。
ちなみに特I型は機関重量が所定をオーバーしていたので、後の特Ⅱ、特Ⅲ型より重心が低くなっています。
この機関重量の問題で艦政本部第5部長が責任を取る形になってたりしますが…
ロンドン海軍軍縮条約
1930年、ロンドン海軍軍縮条約が採択されました。
ロンドン海軍軍縮条約では補助艦艇の制約がかかったので巡洋艦、駆逐艦に排水量の大きな制約がかかりました。
36年に日本が脱退したこともあり、大きな影響はありませんでしたが、それでも影響は出ています。
最大の影響は特型駆逐艦の製造が封じられたことです。
英米などからすると、当時としては破格すぎる性能の吹雪型をこれ以上製造させたくないので、1500トン以上の駆逐艦の保有排水量を、駆逐艦全体の保有排水量の16%に制限しました。日本だと16880トンまでしか1500トン越えの駆逐艦を持てなくなりました。これは特型駆逐艦10隻分に相当します。(特型は1隻あたり1680トン)
これにより日本は特型駆逐艦の新規建造ができなくなりました。
なおロンドン海軍軍縮条約では建造中や就役済みの艦は保有を許可されたようで、特型は就役済みの特Ⅰ型10隻(改Ⅰ型の浦波を含む)と、建造中だった特Ⅱ型10隻、特Ⅲ型4隻を就役させています。
そこで1500トン以下の駆逐艦として建造されたのが初春型です。
初春型駆逐艦

簡単に言えば初春型は、「排水量制限されたから、特型駆逐艦をほぼ同性能で小型化しようぜ」と言ったテーマで建造されました。
排水量は吹雪型の1680トンから1400トンに減らす予定でした。無茶すぎる…
え?吹雪型ですらトップヘビーだったのに小型化して大丈夫かって?
全然大丈夫じゃありません。
最初に完成した1番艦初春と2番艦子日(子日)の公試結果から、復元性が足りないことがわかり、起工していた6番艦夕暮以降の建造が一旦取り止められました。
7番艦以降の船は再設計され、白露型として就役しています。
このことについては次の項で詳しくお話しします。
ちなみに、ロンドン海軍軍縮条約で、駆逐艦の保有数の制限がかかったので、水雷艇が復活しています…
友鶴事件と重心
ロンドン海軍軍縮条約で復活した水雷艇が、1934年3月、事故を起こしました。
千鳥型水雷艇番艦「友鶴」による、友鶴事件です。
原因は復元力不足による転覆でした。

睦月型以降、重心が高くなっていましたが、ここで大きな影響が出ました。
特に、設計上では問題なかった重心位置や復元力が、工事の上での重量増加などにより、設計上よりも重心がはるかに高くなっていました。
これにより千鳥型水雷艇はもちろん、他にも重心が高かった特型駆逐艦、特型の次級となる初春型に重心調整の工事が入りました。
特型駆逐艦の重心調整
特型では艦橋の縮小や、伝声管の撤去などにより上部構造の重量を減らしました。
特1型は機関重量が重く、重心が低かったので艦橋はそのままとなっています。(ある意味機関重量オーバーのおかげで助かった形に…)


艦橋が2階部分まであったのが1階に減ってることがわかると思います。
特型はこのような改装でした。
初春型の重心調整
そして、最も影響があったのは初春型です。
改良内容を見る前に一度初春型の詳しい設計をみましょう。

砲は12.7cm連装砲を2基、同単装砲を1基です。
特型では前に連装1基、後ろに連装2基でしたが、初春型では正面に連装と単装を1基づつ載せています。

ただ、見てもらえれば分かる通り、一段高い前甲板のより高いところに2番砲塔があるので、非常にバランス的に不安になる見た目です…
魚雷は特型と同様に3連装3基とし、9射線を確保していました。
排水量は特型から300トンほど減らした1400トンで、特型以上に電気溶接を多用することで軽量化を図りました。
ですがみなさんお察しの通り、十分無理をしていた特型から排水量を300トン近く減らしたにも関わらず兵装は砲が1門減っただけなんて無理なことでした。事件より前の1933年の9月から10月ごろ初春型の公試では、舵を10度きっただけで、船体が38度も傾くというあり得ない記録を残し、建造に着手していなかった7番艦以降を建造中止に追い込みます。
そして7番艦以降は設計変更を行い、白露型として建造されます。
しかし、6番艦までは改良の必要性がありました。
この公試のすぐ後の1934年3月には友鶴事件が発生し、竣工済みの初春、子日は緊急改造、まだドックにいた3番4番艦の若葉、初霜はドック内で同様の緊急改造を受けました。
工事内容は
・2番砲の単装砲を後部に回す
・3番魚雷発射管の撤去
・バルジの撤去
・煙突の高さやその他機器の高さを下げる
・船底にバラスト配置
などでした。
なお5番6番艦の有明、夕暮はまだ船台の上にあり、艤装が始まっていなかったので、船体から設計変更をある程度行った上で竣工しています。
特に6番艦の夕暮は白露型に近い船体になっています。

白露型に関しては初春の反省を生かし、1番艦「白露」は事件直前の1933年11月に起工しました。
白露型は事件の影響で重心を治して設計されているため、もちろん初春型のような重心問題は起きませんでした。
第四艦隊事件と船体強度
友鶴事件からわずか1年、1935年9月に第四艦隊事件が発生します。
この事件は、演習に出ていた第四艦隊が台風に遭遇したことが発端でした。
第四艦隊は、9/24から9/25にかけて、総数41隻が函館港を出港しました。
出港時から台風が来るのはわかっていました。26日朝には午後台風に遭遇することが判明し引き返すことも検討されましたが、すでに海は荒れており、多数の艦の回頭で衝突事故も考えられます。艦隊は、台風の影響下での戦いもあり得るということで、そのまま台風下での航行訓練を行うことにしました。
結果として、第四艦隊所属の特型駆逐艦「初雪」「夕霧」は、波で艦橋付近から前の艦首部分が切断されるという大損害を受けました。この時、初雪の艦首を発見した羽黒は、曳航を試みましたが失敗。そして艦首には、暗号解読表などの機密書類がある電信室があり、漂流し、他国の手に渡ってしまうといけません。艦首にいると思われる24名の乗員は救出の見込みもなく、状況的にも全員死亡している可能性が高いと判断され、やむなく艦砲射撃で沈めています…



原因と改修工事
原因は船体の強度不足で、特に重量軽減を図るための電気溶接がまずいという結論に至りました。
そんなわけで、電気溶接を多用した特型全艦、そしてその後に建造されている初春型、建造中の白露型は大きな工事、設計変更を行われることになります。
改修内容は主にリベットへの変更や、船体形状の変更などでした。
これらにより、就役済みの特型、初春型は数ノット速力が落ちることになります。(それでも特型は他国の駆逐艦を大きく凌ぐ性能でした)
この後の艦は電気溶接の部分を大きく減らすことになりますが、技術向上により、戦中の船には再度使用されるようになっています。
白露型駆逐艦
ついに最後の項になりました…
なんとここまで6000文字…書く方も大変でしたが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございます
最後にこの2個の事件を踏まえて完成した白露型について見ていこうと思います。
そもそもですが、白露型は前でも話した通り、初春型の改修型です。
ここからは初春型(改修工事後)との比較です。
砲は初春型と同じ12センチの連装2基単装1基
魚雷は初春型の3連装2基から4連装2基へ更新
機関も同じでした。
コンセプトとしては、初春型と同等の機関で初春型の改修前の速力に戻そうというものでした(初春型は改修工事で大きく速力が落ちています)
もちろん、軽量化のために電気溶接を多用し、建造を始めましたが、建造開始後、第四艦隊事件によって、リベットへ戻すことになります。
結果として性能改善後の初春型を軽量、高速化し、魚雷を強化したような形の船となりました。
白露型は、日本海軍としては、初春型から始まったロンドン海軍軍縮条約下の小型駆逐艦としては最後の艦級となり、ここからは条約脱退後の2000トン級の大型駆逐艦に舵を切ることとなります。(ちなみにロンドン海軍軍縮条約での駆逐艦の規定では1850トンまでが駆逐艦)
この頃から世界でも駆逐艦の大型化が進む時代となり、第2次世界大戦の頃には各国で2000トンを超えた駆逐艦が多く建造されるようになりました。>
小ネタ
ロンドン海軍軍縮条約で、駆逐艦は排水量は600トン以上、1850トン以下と定義され、1500トン越えの駆逐艦の保有排水量を駆逐艦の全体の排水量の16%に制限しました。日本だと16880トンまでしか1500トン越えの駆逐艦を持てなくなりました。これは特型駆逐艦10隻分に相当します。(特型は1隻あたり1680トン)
これにより日本は特型駆逐艦の新規建造ができなくなりました。
なおロンドン海軍軍縮条約では建造中や就役済みの艦は保有は許可されていました。
ということをロンドン海軍軍縮条約の項で書きました。
この1500トン以下の制限によって生まれた、1400トン級の高性能駆逐艦を目指した初春型と白露型ですが…
結局特型が1680トン(建造時の排水量、改修工事で少し排水量増えてるはず)に対して、初春型の改修工事後は1780トン、白露型でも1685トンという結果になりました…
あれ?武装だと特型が1番いっぱい積んでるんだけどな…
ついでに軍縮条約の制限の1500トンも超えていますが、他国には内緒にしてたみたいです。
小ネタ2
ちなみに…日本側には、太平洋戦争中に台風で沈んだ船はません。
例えば、1944年にコブラ台風にあった松型駆逐艦2番艦「竹」が生還しています。
一方、アメリカ側の、ウィリアム・ハルゼー指揮下の第38任務部隊が、フィリピン東沖でコブラ台風に遭遇した際にはは3隻の駆逐艦が沈没しています。
これは友鶴事件と第四艦隊事件による改良工事の結果かもしれません。
アメリカには戦中でも、トップヘビーの問題を抱えた駆逐艦が少なからず居ました。(ファラガット級など)
今回はここまでにします。結局7500文字くらいまでなっちゃいました。
今回は調べごたえのある回だったので書くのも大変でしたがとても楽しかったです。(結構知らないこともあって知見がいっぱいでした)
次回は2次大戦までの駆逐艦の進化の話になるかなと思います。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
駆逐艦発達史 ぱーと1 駆逐艦の誕生と第一次世界大戦
本当は特型駆逐艦について無限に語りたかったのですが、特型駆逐艦のためにはそれまでの駆逐艦の歴史を知らないと魅力がわからないので駆逐艦の歴史について書きます。
駆逐艦はイイぞ!
ってことで目次です。
水雷艇と水雷艇駆逐艦
水雷艇っていうのはは、安価で小型で、魚雷をはじめとした水雷装備を搭載した船でした。つまり軍用ボートみたいなものです。
特に魚雷が開発されてから問題になったのは、水雷艇に大型艦が沈められることがあったこと。
これ以来、当時、重砲などでも撃沈が難しかった大型艦を、安価な魚雷で沈められることがわかり、脅威とみなされるようになった。
だってこんなちっさいやつに、お金いっぱい注ぎ込んで作った戦艦がやられたら、たまったもんじゃないからね。
しかも戦艦の主砲じゃこんな小さいやつは狙うのは困難。
ってことで、イギリスでは、敵の水雷艇に対抗するための艦種「水雷艇駆逐艦」を生み出した。
この水雷艇駆逐艦は、水雷艇にはより強い水雷艇をという考えで生み出されたもので、従来の水雷艇を大型化したものだった。
そんな世界初の水雷艇駆逐艦はイギリスのA級駆逐艦「ハヴォック」である。

で、このハヴォック、排水量250tくらいで、水雷艇の倍くらいのサイズだった、砲は主砲の7.6cm 1門と5.7cm 3門、あと魚雷を積んでた。
しかも水雷艇はボートサイズだったからあんまり湾外に出れなかったけど、水雷艇駆逐艦なら大きいのである程度凌波性があり、今までの水雷艇が湾内みたいな波がほとんどないところしか行けなかったのが、内海くらいなら行けちゃう。
しかも魚雷積んでるから大型艦の相手もできる……あれ?大型艦に随伴させたらいいんじゃね?ってことで、大型艦の護衛艦にもなりました。
ただし内海に限るのでイギリスやドイツであればイギリスと大陸の間の北海やドーバー海峡が行動範囲でした。
ってなると水雷艇の存在意義が…ってことで水雷艇駆逐艦は水雷艇の存在意義ごと駆逐して、水雷艇という艦種を消し去りました。
となると駆逐対象の水雷艇がいなくなっちゃったのでそれ以来駆逐艦と呼ばれるように。
ちなみに日本でも雷型水雷艇(駆逐艇)が1899年にイギリスで建造されていて日露戦争にも参加している。
この雷型が日本初の駆逐艦で、ここから日本の駆逐艦史は始まったと言っても過言じゃないかも?

駆逐艦の普及と発展
本格的に駆逐艦が広まったのは第一次世界大戦の前あたり。「ハヴォック」からどんどん各国で大型化されていき、凌波性を順調に上げていった。
イギリスではあのドレッドノート級に高速駆逐艦を随伴した艦隊を作ろうぜっていう計画ができたりしたのでイギリスは砲火力重視の戦艦護衛の駆逐艦(F級)を開発した。
また、従来の駆逐艦から大幅に大型化した「スウィフト」を建造したんだ。
「スウィフト」は元となったE級駆逐艦から排水量で4倍(550t→2200t)ほど、全長で1.5倍(70m→100m)ほど。
なお、建造費が高すぎて1隻しか作れなかった模様…

ちなみにドイツは当初は雷撃重視でしたが、大型艦の護衛には駆逐艦が絶対付くようになったので、雷撃の前に敵の駆逐艦を撃破しないといけない、となると、砲火力が足りないってことで、砲火力重視に転換しました。
ドイツがこのことを学んだのが1916年のユトランド海戦です。英対独の戦いでしたが、ドイツ駆逐艦がイギリスの主力艦に雷撃をしようと接近したところ、イギリス駆逐艦の火力で完封され、結果雷撃はできませんでした。
ここからドイツは砲火力に力を入れるようになりました。まぁその頃には第一次世界大戦に敗戦したけど…
このユトランド海戦、世界中に影響があり、駆逐艦を砲戦重視にするように舵が切られた。
例えば日本だと、八六・八八艦隊計画により、古鷹型重巡洋艦や、峯風型系列の、峯風型、神風型が建造されました。
これは、ユトランド海戦から学んだ砲撃重視の思想のもと、敵の軽巡主体の水雷戦隊は、同じく水雷戦隊で迎え撃つ、より強力な巡洋艦部隊は重巡洋艦で迎え撃つという思想の結果でした。古鷹・峯風ともに当時としては破格の砲性能で、特に峯風型は凌波性もかなり良好でした。
神風型はワシントン海軍軍縮条約の後に完成してますが実質影響を受けてません。ワシントン海軍軍縮条約の影響を受けたのは睦月型からです。

そして第一次世界大戦には駆逐艦に、他にも大きな仕事が与えられました。
ドイツの無制限潜水艦作戦の対抗策として、水中聴音機と爆雷を積んだ対潜任務。
そして機雷敷設と除去を行う機雷敷設・掃海任務。
小型高速でバランスの取れた武装を持つ駆逐艦は汎用性が高く、様々な任務で使いやすかった。
そこで第一次世界大戦以降、駆逐艦は汎用性の高い便利屋として、より高い汎用性を求めて発展していくようになりました。
今回はここまでです。

